前置き | 1992年頃、大手パソコン通信ネットのプロレスのフォーラムに書き込んだメッセージ。「プロレス好きの友人」の続編。 |
プロレス好きの友人が結婚します |
以前に、このプロレスフォーラムに「プロレス好きの友人」というタイトルの文章を書きました。読まれた方は、私の友人である大西の異常性がわかっていただけたと思いますが、その彼がこのたび結婚することになりました。婚約者には「結婚するまでには寝業に磨きをかけておくので覚悟しておけ」などとわけの分からないことを言っている馬鹿な男ですが、私の高校時代からの親友です。 その彼が私に結婚披露宴のプラニングを依頼してきました。 「そんなこと二人で結婚式場と相談して決めろよ」と言って突き放してやりたかったのですが、「奇抜なアイデアを考えることができる知人はお前だけだ」とおだてられては断るわけにはいきませんでした。 大西が大のプロレスファンであることを考慮して自分なりのプラン(案)を考えましたので、ここで紹介させていただきます。プロレスに精通されている方々が多くいらっしゃるこのフォーラムで皆さんに読んでいただき、何らかのアドバイス、コメントなどが頂けたら幸いです。 まずは結婚披露宴の会場選びです。大西は東京生まれの東京育ちですが、フィアンセの早苗さんの実家は仙台です。彼女の両親、親戚のことを考えると、東北新幹線の駅である上野駅や東京駅、あるいは大宮駅近くの会場が理想でしょうが、厚木と長津田(両方とも神奈川県中部)に住んでいる二人にとってはちょっぴり不便です。また、大西の両親は今は八王子に住んでいるため、やはりできることなら西のほうでやりたい、などとすべてを考慮しているときりがないので、東京であるならば場所を気にしないで決めることにしました。 大西はあれほど異常なプロレスファンです。そうなると結婚披露宴は格闘技のメッカといわれている後楽園ホールでやるしかないでしょう。東京のど真ん中にあり、どこから来ても文句は少ないはずです。観客席も多いですから、たとえ何百人もの招待客が来ても十分に対応できるスペースがあります。 会場が決まったら、次に考えなければならないのは会場内のセットアップです。披露宴の前日にプロレスの試合があった場合は、設置されたリングはそのままにしておいてもらいます。そして、リングの周りに金網を取り付けてもらいます。プロレスファンなら誰でも金網デスマッチで使用されるリングに一生に一度は上ってみたいものです。大西には披露宴という晴れの舞台でその夢を実現させてあげたいと思います。 新郎である大西の家族、親戚、友人には青コーナー付近の客席に座っていただきます。新婦側の方々には赤コーナー付近に陣取ってもらいます。 媒酌人は、新郎の最も好きなレスラーであるアブドラ・ザ・ブッチャーとブッチャー夫人にお願いしようと思います。もちろんブッチャーには正装してもらうのではなく、試合での格好、つまり柔道着のズボンをはいて王冠をかぶった姿で参加していただきます。 新郎の大西は高校時代にサインをもらったことがあるブルーザー・ブロディーを先輩のひとりとして招待します。披露宴の招待客リストには、何かの手違いから「ブルーザー・ブロディー、高校時代の友人」と載ってしまい、ブロディーが会場に姿を現したのを見て、「新郎の大西はいったいどんな高校に通ってたのか?」と新婦側の親戚だけでなく新婦側の親戚をもを不安に陥れます。 早苗さん(新婦)側の家族、親戚は青コーナー近くに着席したブルーザー・ブロディーの形相、振る舞いがあまりに恐いので、偶然東京に滞在中のアンドレ・ザ・ジャイアントを宿泊先の赤坂プリンスホテルから急きょ呼び寄せ、新婦の叔父(おじ)と偽って新婦側の赤コーナー付近に座らせます。ブルーザー・ブロディーが何かしでかした場合のことを考えての措置です。 しかし、あのデカイ顔を見られたら一発でアンドレ・ザ・ジャイアントとばれてしまいます。そこで、披露宴会場ではアンドレ・ザ・ジャイアントに覆面をしていてもらいます。新郎側の人々には、「叔父は普段から覆面をして生活してます。これが普通なので気になさらないでください」と言って安心させます。 司会進行役はタイガー・ジェットシンが担当します。しかし、彼がしゃべってもおそらく何を言ってるか誰もわからないことが大いに予想されるため、司会者の通訳として全日本プロレスのレフリーでいらっしゃるジョー樋口を招聘します。これでもよくわからないかもしれませんが、それ以上のことは予算の関係上、到底無理なのでとりあえずこのままで行きます。 さて、出席者が全部揃ったところで、いよいよ大西家・山下家の金網結婚披露宴の始まりです。まずはゴングが乱打され、新郎、新婦の入場です。場内のライトがすべて消され、結婚行進曲の代わりに日本テレビのプロレス中継のテーマ曲が流れます。 スポットライトが入口付近に照らされ、出席者全員の顔が一斉にそちらの方向へと向けられます。 新郎の大西と新婦の早苗さんが日本人若手レスラーの先導を受けて入場してきたのですが、二人は手をつないでいるのではなく、新婦は新郎をヘッドロックしています。新郎、新婦ともすでに額が割れて流血しています。特に新郎はもう完全なグロッキー状態です。控え室で早くも激しい殴り合いの夫婦喧嘩が勃発してしまったようです。 新郎、新婦のこの衝撃的な入場によって場内の興奮はいやがうえでも高まり、いきなり最高潮に達してしまっています。あっけに取られて口をぽかんと開けたままの親類、何がなんだかさっぱりわからないという表情の友人も招待客の中にはいましたが、いずれにしろ披露宴会場内はもう興奮のるつぼと化しています。 新郎新婦が招待客の間を通り抜けてリングに到着しましたが、新婦は新郎をヘッドロックしたまま離しません。 新婦が新郎を脇に抱えたまま金網のドアを開け、リングに入るやいなや、中で待っていた司会進行役のタイガー・ジェットシンが、何を勘違いしたか、奇声を発しながら手にしていたサーベルの取っ手の部分で新婦の額を殴りにかかります。この意表を突いた攻撃にはタフで定評のある新婦も耐え切れず、苦悶の表情をしながら新郎の頭から腕を離し、もんどりうって倒れます。 長い間のヘッドロックからやっとのこと解放されてマット上に横たわった新郎にも司会者は容赦なく襲いかかります。タイガー・ジェットシンはわめきながら新郎の首を得意のコブラクローで締め上げます。 新郎側からの猛抗議を受け、司会者の通訳であるジョー樋口が反則カウントをワン、ツー、スリー・・・と数え始めます。が、タイガー・ジェットシンはジョー樋口のカウントなど耳を傾けず、相変わらず新郎をコブラクローで痛めつけ続けます。 ジョー樋口の反則カウントが100に達したとき(プロレスの試合だったらとっくに反則負け)、通訳のあまりのしつこさにぶち切れた司会者のタイガー・ジェットシンは「シャラップ(うるせえんだよ)!」と叫んでジョー樋口をサーベルで殴り飛ばします。ジョー樋口はリング場に倒れたままぴくともしません。 邪魔物を始末したタイガー・ジェットシンは、今度はコブラクローで真っ赤に腫れ上がった新郎の首にサーベルを押し当て、喉絞め攻撃を開始します。 場内ではゴングが乱打されます。これ以上結婚披露宴がめちゃくちゃになっては困るので、日本人若手レスラー達がリング内になだれ込み、タイガー・ジェットシンをみんなで押えにかかり、やっとのことサーベルを取り上げます。 こうして結婚披露宴は平穏を取り戻し、予定されていた行事が再開されます。 まず最初に媒酌人のアブドラ・ザ・ブッチャーが祝辞を述べます。が、相変わらず無口です。マイクを持ったまま、例の不気味な表情でたまに何かをぶつくさ言うだけでよく聞き取れません。はっきり聞こえたとしても、通訳のジョー樋口がタイガー・ジェットシンにサーベルで殴られて失神しているため、何を言っているか誰もわからないでしょう。 そうこうしているうちに、アブドラ・ザ・ブッチャーの祝賀スピーチが終わったようです。ブッチャーがマイクを机の上に置いて着席したから多分祝辞は終わったのでしょう。 続いて、新郎、新婦からそれぞれの両親への花束の贈呈が行われます。新郎、新婦ともタイガー・ジェットシンのサーベル攻撃を受けて意識がもうろうとして、立っているのがやっとという状態です。しかし、長年育ててくれた両親への感謝の気持ちを表す花束プレゼントの大事なセレモニーです。二人は最後の力を振り絞って、花束を自分の両親に差し出します。 感動的な瞬間です。新婦の瞳からは大粒の涙がとめどなく流れ出てます。目に涙をいっぱいにためた両親は、二人から花束を受け取るやいなや新郎、新婦に花束で殴りかかります。こうして、これが普通の披露宴ではなく、プロレス式結婚披露宴であることを参列者全員に強くアピールします。 次に、新郎の高校時代の友人となってしまったブルーザー・ブロディーの祝辞が始まります。青コーナー近くの客席から立ち上がったブルーザー・ブロディーは、金網リング内へとゆっくりと歩を進め、マイクを受け取り話を始めようとします。 しかし、ブルーザー・ブロディーは1度サインをしてあげたことがあるだけの新郎のことなど何も知りません。ブルーザー・ブロディーは何を話していいかわからず、例の「ア! ア! ア!・・・」という雄叫びを延々と繰り返すだけです。みんなもそれに呼応して「ア! ア! ア!・・・」と叫び続けますが、披露宴参加者の中には「俺達は何でこんなことをしているのだろうか?」と自問する人もいます。 ア! ア! ア!・・・が1時間くらい続いたでしょうか。突然、司会進行役のタイガー・ジェットシンがブルーザー・ブロディーに向かって「意味のあることを言え!」と怒鳴ったから大変です。ブルーザー・ブロディーは激怒し、タイガー・ジェットシンに持っていたマイクで殴りかかります。額を割られて流血したタイガー・ジェットシンも再びサーベルを持ち出して反撃に出たため、リング上では司会者と新郎高校時代友人の壮絶なバトルが繰り広げられ、またまた結婚披露宴が混乱をきたします。 すると突然、今まで我慢に我慢を重ねてきた新婦のお父さんが「こんな披露宴もう嫌だ!」と叫び、金網によじ登って逃げ出そうとします。 ここで準主役ともいえる新婦父に逃げられては結婚披露宴が台無しになってしまうと危機感を抱いた司会進行役で責任感の強いタイガー・ジェットシンは、金網を超えようとしていたお父さんの足をつかんで、マット上へ引きずり落とします。そして、新婦父の髪の毛をつかんで反対側の金網に額を叩きつけます。 新郎のお父さんの顔面は血だらけです。これには新婦の叔父と偽って赤コーナーに座っていたアンドレ・ザ・ジャイアントが黙っていません。アンドレはすぐさま金網のリング内に乱入し、タイガー・ジェットシンに襲いかかります。 アンドレ・ザ・ジャイアントが覆面をしていたため、新婦の叔父だとばっかり思いこんでいたタイガー・ジェットシンは不意をつかれ、アンドレからジャイアントヘッドバットをまともに食らいます。マット上に倒れたタイガー・ジェットシンに対し、アンドレ・ザ・ジャイアントはジャイアント・エルボードロップを見舞います。 戦い相手だったタイガー・ジェットシンをアンドレ・ザ・ジャイアントに奪われた形のブルーザー・ブロディーは、つまらないので金網リングから出て、媒酌人のアブドラ・ザ・ブッチャーに得意のニードロップをかませてやろうと企みます。ブルーザー・ブロディーは助走をつけてアブドラ・ザ・ブッチャーに向かって突進したのですが、ブッチャーが寸前に身をかわしたため、ブロディーのひざは、媒酌人のグラスにビールを注いでいたウェイターの顔面を直撃してしまいます。 この、とんだ災難のウェイターというのが、当日試合がないためにたまたまアルバイトで結婚披露宴のウェイターをしていたスタン・ハンセンだったから大変です。怒ったスタン・ハンセンは、手にしていた金属製のお盆でブルーザー・ブロディーの頭を激打し、ブロディーの髪の毛をつかんで金網リング内へ引きずり込みます。そして、ロープへ振って返ってきたところを得意のウェスタン・ラリアットをぶちかまし、ブルーザー・ブロディーをマットへ沈めます。 ブルーザー・ブロディーがスタン・ハンセンにニードロップをかませたのは故意ではなく偶然だった、と知っている媒酌人のアブドラ・ザ・ブッチャーは、このスタン・ハンセンの過剰な報復に激怒します。ブッチャーはリング内に乱入し、ウェイター姿のスタン・ハンセンの喉元に手を突き、スタン・ハンセンが倒れると例の空手のポーズをとって奇声を発します。 やがて金網のリング内では、アブドラ・ザ・ブッチャー、ブルーザー・ブロディー、タイガー・ジェットシン、アンドレ・ザ・ジャイアント、スタン・ハンセン、新郎・新婦、そして新郎新婦の両親による壮絶なバトルロイヤルが始まってしまい、もうどうにも収拾がつかない状態になってしまいます。 ゴングが乱打され、若手日本人レスラーが大挙して金網内のリングになだれ込みます。日本人レスラー達は司会者、媒酌人、高校時代友人、新婦叔父、ウェイターらを懸命に押さえようと試みますが、若手レスラー達はことごとく外人達の必殺技の餌食となり、ばったばったと倒されるだけです。 もう誰にも止めることは不可能のようです。しかし、こんなことがあろうかと、WWF(ワールドレスリングフェデレーション)のコミッショナーをアメリカから呼んで控え室に待機してもらっていました。彼にお願いする以外にはこの混乱を収拾するすべはありません。 要請を受けたコミッショナーはマイクをつかみ、英語で「やめろ!」「今日はプロレスをやる日じゃない!」「これは結婚披露宴だ!」「新婦が泣いているぞ!」「やめてくれたら若い日本女性を紹介するぞ!」などと言って説得を続けます。 WWFコミッショナーの言うことを無視するわけにはいかない外人達は、しばらくすると乱闘を止め、それぞれ自分の席に戻ります。アンドレ・ザ・ジャイアントは覆面をかぶって赤コーナーに戻り、スタン・ハンセンはぼこぼこにへこんだお盆を拾って招待客への給仕を再開します。 披露宴が再び正常に戻ったところで、いよいよ新郎新婦のキスの時間がやってきます。場内の明かりが消され、リング上の二人にスポットライトが当てられます。新婦は恥ずかしいのか顔が相当赤くなっています、というより顔面血だらけのために真っ赤です。新郎は恥ずかしがることもなく堂々としてますが、やはり顔面血だらけです。 司会進行役のタイガー・ジェットシンに促されて、二人は唇を近づけます。招待客全員の注目の中、新郎は新婦の唇に自分の唇をそっと重ねる、のではなく新婦の額に噛みつきます。この宴がプロレス式結婚披露宴であることをあらためて思い知らされます。 新婦が噛まれて苦痛の叫び声を発した時、隣の会場で行われていた結婚披露宴にたまたま参列していたアラビアの怪人、ザ・シークが突如現れます。こっちの披露宴のほうが面白そうだとずーと覗き見していて、登場する機会をじっとうかがっていたのです。シークは新郎に「そんな噛みつき方では駄目だ!」と言いがかりをつけ、金網リング内に乱入して新郎新婦に噛みつきかかります(お前は犬か?!)。 すぐにブルーザー・ブロディー、アンドレ・ザ・ジャイアント、スタン・ハンセンらが新郎新婦を救うためにリング内に乱入し、再び豪華外人レスラーによるバトルロイヤルが再開されてしまいます。 もう事態の収拾はこれ以上不可能と判断したWWFコミッショナーは、参列者のひとりひとりに引き出物の凶器を手渡して帰ってもらおうとするのですが、これが逆効果。凶器を受け取った招待客は帰るどころか、逆にリング内に乱入して混乱の度合いを深めるだけです。 この後どうなるかは企画の段階では予想もつかないので、実際の状況によって臨機応変に対応していこうかなあと思います。いずれにしろ、二人の門出を祝うこの金網結婚披露宴は、新郎新婦にとって一生忘れられない思い出となるでしょう。 さて、友人はいくつかの結婚披露宴の企画の中から二人で話し合って決めると言っていますが、はたして私のプランは採用してくれるでしょうか。 |
作者の コメント |
同じプロレスフォーラムには「ブロディーは死んじゃったよ」というつまらないコメントが書かれただけでした。こんだけ書いた割にはまったくの拍子抜けでした。 (作者:フヒハ) |