前置き 私のSMに関するメッセージに対して質問を受けた。

>スカトロジーではありませんか?

 私が書いた「勘違いしないで!」というタイトルのメッセージに関し、とある方から以下の内容のメールをいただきました。

>ウンコがたっぷりとついたパンツに接吻したり(接吻させられたり)してエクスタシーを感じて初めてSMになるのです。(貴殿のメッセージより)

これはSMではなくスカトロジーではありませんか?

 大変よい質問です。
 回答を述べる前に、まず皆さんの中にスカトロジーとは何かをよくご存じない方がいらっしゃるかも知れませんので、スカトロジーについて簡単に説明しておきます。
 私の手元にある医学辞典を引くと「scatology」は以下のように解説されています。

scatology
糞便学
1.生理的及び診断学的目的のための糞便の科学的研究と分析
2.精神医学上の見地に関連する排泄物または排泄(肛門)機能の研究

 なんだかさっぱりわかりませんね。scatologyの医学的な意味は正にそうなのかもしれませんが、私たち一般人が使うスカトロジーの意味を的確に示しているとはいえません。「科学的研究と分析」「精神医学上の見地」「排泄機能の研究」といった難解で堅苦しい語句が「ウンコがたっぷりとついたパンツに接吻」という顔を背けたくなる様な表現と関連があるとは到底思えないでしょう。どうやら調べるべき辞典を間違えたようです。
 そこで、今度は、私の愛読書であるランダムハウス英和大辞典を引いてみました。

scatology
1. (1)糞便学 (2)〔医学〕糞便(による)診断
2.スカトロジー (1)汚物を巡る話、糞尿たん (2)糞便[排泄]趣味
3.糞石学;糞の化石の研究

  さすがは私の愛するランダムハウス英和大辞典。医学的な意味はもちろんのこと、庶民の使う一般的な意味もカバーし、さらには「糞石学」などという見たことも聞いたこともない学問まで登場させています。
 私が初めてこの「糞石学」という文字を見たとき、こりゃいったい何だ、と首を80度ほどひねってしまいました(今でも首筋が痛い)。
 「フン・セキガク」という中国人の名前かな、と思い、世界人名辞典を手にしたほどです。
 でも、調べる必要はありませんでした。「糞石学」のすぐ後に「糞の化石の研究」と書かれており、しっかりと説明されていました。
 こんな学問があったのですね。おそらく、考古学や地質学に関連した学問のひとつなのでしょう。

 普通、大学で考古学や地質学などを専攻している学生は、自分が学校で何を専門に勉強しているのかをなかなか他人に言いたがらないものです。
 その理由は明白です。
「おまえ、大学で何を専攻してるんだ?」などと高校時代の友人に聞かれたときに、
「考古学だ」だとか「地質学だ」などと正直に答えようものなら、
「あはははは、おまえ、そんな暗いことをやってやがるのか。馬鹿だなあ」と笑われるのが恐いからです。
 だから考古学や地質学を専攻している学生は、「専攻は何?」と聞かれたるといつも、
「私は、地球について、歴史的あるいは物質的な側面から多岐にわたる科学的考察を加えている」などと訳の分からないことを言ってお茶を濁しているのです。
 それを聞くと、相手もどうせ馬鹿だから、
「うわー、すごーい! 尊敬しちゃう!」などと感嘆の声をあげるのです。

 考古学や地質学を専門に学んでいる学生の場合はこんなところでしょうが、大学で糞石学を専攻している学生の場合はどういう展開になるでしょう。
 高校時代の旧友との会話は以下のようになるはずです。
「おまえ、大学で何を専攻してるんだ?」
「糞石学だ」
「何だ、そりゃ? 中国人の名前か?」
「そうだ」
「なるほど。がんばれよ」
 話がこのように進んでくれれば楽でしょうが、実際にはなかなか思い通りにはいきません。
 次のようになる可能性のほうがはるかに高いのです。
「おまえ、大学で何を専攻してるんだ?」
「糞石学だ」
「何だ、そりゃ? 説明しろ」
「糞の化石の研究だ」
「馬鹿野郎! そんな訳の分からないこと勉強するな!」
 こう言われて埴輪で顔面を思いっきりぶん殴られるのが関の山です。

 このような展開は誰だって嫌でしょう。そこで、次のようにもっていったほうがいいかもしれません。
「おまえ、大学で何を専攻してるんだ?」
「糞石学だ」
「何だ、そりゃ? 説明しろ」
「恐ろしく年月を経たウンコの研究だ」
「・・・・・・すまん。よく聞こえなかった。もう一度言ってくれ」
「恐ろしく年月を経た、ウンコの研究だ!」
「よく聞こえた。しかし、おまえは本当に大学に通っているのか?」
 このように友人の不信感は募るかも知れませんが、これなら、とにかく埴輪で顔面を殴打されるのだけは避けられそうです。
 以上のことから分かるように、糞石学専攻の学生は在学中いろいろと苦労します。

 就職試験の際にもはもっと大変です。
 面接会場では、以下のようなドラマが展開されるでしょう。
 控え室で、リクルートスーツに身を固めたひとりの男子学生は、緊張の面もちで自分の順番がくるのをじっと待っていた。
 やがて面接室から声が聞こえてくる。
「次の方、お入りください」
 男子学生は席を立ち、面接室に通じるドアに向かってゆっくりと歩きはじめた。
 そして、ドアの前に到達すると、深呼吸をひとつしてから右手でノックした。
「失礼します」
 男子学生はノブをつかみ、静かに回してドアを開けた。
 部屋のまん中には、椅子がぽつんとひとつ置かれていた。その椅子の正面にはいくつかのテーブルが横に並べられており、10人ほどの面接官が座っていた。全員が50すぎの初老の男性で、いかにも重役という感じの人ばかりである。
 あの椅子に座って面接を受けるのか。これじゃ、あがってしまう。
 男子学生は、どのような質問にも的確に素早く答えられるよう、万全の準備を整えてきていたつもりだった。面接前日には、友人に面接官の役をやってもらい、本番さながらのリハーサルまで行っていたのだ。
 しかし、まさか10対1の面接だなんて。しかも、重役ばかりを相手にするとは。
 男子学生は極度に緊張し、足をがくがくさせはじめた。もう完全にあがってしまい、金縛りにあったみたいに、動くことすらできなくなってしまった。
 一番左端に座っていた面接官が、見ていられなくなったのか、彼に声をかけた。
「かなり緊張しているようだね」
「は、はい」
「大丈夫だよ。受験者はみんなあがっているのです。あなただけではありません。リラックスしてください」
 この言葉を聞いて、男子学生は一気に落ち着きを取り戻した。
 そうだ。そうなんだ。俺ひとりじゃない。みんなも緊張してるんだ。
 完全にリラックスした男子学生は、背筋をぴんと伸ばし、前後に大きく手を振りながら椅子のすぐわきに歩み出た。そして、面接官全員に向かって、はっきりとした口調で言った。
「○○大学、理学部糞石学科、△△です!」
 すかさず、面接官全員から罵声が飛ぶ。
「糞石学科だと?!」
「何だそりゃ?!」
「馬鹿野郎!」
「とっとと帰れ!」
「我社が食品会社だってことを知ってて面接を受けに来たのか!」
(この面接の話を書き始めたときは、素晴らしいショートショートになると思っていたのですが、書き終えてみるとイマイチでした。どうやら完全な失敗作のようですが、削除しません。こんなのに2時間もの時間をかけてしまったからです)

 上記の例では、食品会社という、専攻の糞石学とはまったく関係のない業界の面接試験を受けたために失敗したように思えるかも知れませんが、そうではありません。4年間学び続けた糞石学の経験を生かせる職場なんて皆無です。糞石学科の学生の就職は想像を絶するほど困難なはずです。それは今が不況だからというわけでなく、バブル絶頂期でもまったく変わらないでしょう。
 その点、「糞便学」のほうがはるかにましです。糞便は、医学においては患者の症状を診断するサンプルとして非常に重要ですし、バイオテクノロジーにも応用がききます。
 ただ、こちらも、「××大学理学部糞便学科を卒業しました」などと人に言いづらいのが難点です。
 いつものことですが、話が脱線し過ぎたようですので本題に戻します。
 ウンコがたっぷりとついたパンツに接吻したり(接吻させられたり)するのは「SM」か「スカトロジー」か、がこのメッセージの主題でした。
 そして「スカトロジー」の意味を知らない人がいると思い、いくつかの辞書の説明を挙げているうちに話が横にそれたのです。
 我々が日常使うスカトロジー(略して「スカトロ」)の一般的な意味は、ランダムハウス英和大辞典の2の意味、つまり、

(1)汚物を巡る話、糞尿たん
(2)糞便[排泄]趣味

であり、今回このメッセージで問題にしているスカトロジーの意味は、そのうちの(2)の「糞尿趣味」です。
 皆さんは、「糞尿趣味」と聞けばそれがどういうことだか分かりますね。大人ですもの、知らないなんて言わせません。
 小中学生向けの国語辞典には、

ウンコやオシッコを見たり、嗅いだり、飲み食いしたりするのが趣味(大好き)

などというように、子供でも理解できるよう懇切丁寧に説明されているかも知れません。
 さて、ここに来てとうとう皆さんはSMとスカトロジーの違いがはっきりと理解できたでしょう。
 そうです。もし、ウンコがたっぷりとついたパンツに「自分の意志で」接吻したのだったら、それはスカトロジー(糞尿趣味)となります。
 ウンコがたっぷりとついたパンツに「無理やり」接吻させられエクスタシーを感じた場合はSMとなるのです。


作者の
コメント
こんだけ書いても本人からお礼は一言もありませんでした。説明に満足してないのか。
(作者:フヒハ)

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