前置き 1993年10月21日に投稿した感想文。フォーラム「Pの部屋」では、応募作品がアップされてから感想文がいくつも書かれていた。私が感想を書いた作品「机上の人」は10月の終盤に3選考委員すべてから非常に高い評価を受け、最高得点を付けられていた。このままではP文学賞をこの作品にさらわれると危機感を持った私は、感想文を「Pの部屋」フォーラムに書くことによって選考委員の考えに混乱を与える作戦に出た。
今回こちらに感想文を載せるにあたり、多少手直しを加えた。

注意!
この感想文を読む前に必ず元の作品「机上の人」を読んでください。作品を読まないと感想文が何を言っているのか理解不可能です。原稿用紙20ページの短編小説で、こちらで読むことができます(アドレスが変わって表示されない場合はトップページから「小説>机上の人」をクリックしてください)。

【感想】机上の人

 会社の机の上にあるカレンダーを見て今日の日付は何だったかと思いだそうとしている記述が、最初の行から49行目の「・・・事実に行き当たった。」まで延々と書かれています。私はこの部分を読んでいるとき、じれったくなり、会社の壁に掛かっているカレンダーを取り外して丸め、主人公の背後に回り、
「ひとりで悩んでないで、とっとと隣の奴に聞け!」
と叫びながら、丸めたカレンダーで主人公の後頭部をおもいっきりひっぱたいてやりたくなりました。
 今週が今月の第何週に当たるかとか、今日は何曜日だとかはどうでもいいじゃないですか。隣の人は聞かれれば「今日は9月10日です」というようにはっきりと答えてくれますよ。なんで質問しないのですか?
 「昨日が9月9日だから今日は9月10日である可能性が非常に高い」などと答えるような訳の分からない人はひとりもいません。もしそんな人がいたとしたら、即刻、会社を辞めるべきです。そんな奴を雇っている会社が長続きするとは思えません。

 前置きはこのくらいにして、これからは本文を引用しながら、それぞれの感想を述べていきます。

そもそも昨日とはいつのことを指すのだろうか。(39行目)

 「昨日」とは昨日に決まってるじゃないですか。一昨日と今日の間の日ですよ。なに寝ぼけているのですか。

 銀行の前で、前日発生した銀行強盗の捜査をしている刑事から
「昨日、銀行に押し入り、行員を刃物で脅し、500万円を強奪したのはお前か?」
と尋問されたとき、
「そもそも昨日とはいつのことを指すのだろうか」
などと答えようものなら、最も疑わしい容疑者として間違いなく警察に連行されてしまうでしょう。
 不用意な発言は慎むべきです。

ただ現在の私には、頭の中にシリコンを注入されたようなずっしりとした重い疲労がのしかかってきている、・・・(61行目)

 女性で胸を大きくするために乳房にシリコンを埋め込む人はいますが、頭の中にシリコンを注入する人はいません。
 頭を大きくしてどうするのですか。現在は顔は小さいほうがプロポーションがいいと考えられています。デカイ頭は流行に逆行していると言えましょう。まあ、どうしてもやりたいというのならば誰も止めやしませんがかなり痛そうですね。

机の上に落としていた視線を上げてみると、やはりそこには普通の見慣れたオフィスの光景が見えている。見慣れたという判断が正しいかどうかはわからないが、・・・(略)・・・という日常的にあまりありえない、改めて注目するような事柄は何一つない、という意味でおそらく私はこの風景を見慣れているのだろうと判断を下した。(77〜84行目)

 私は筆者に、主人公がその時に見た「普通の見慣れたオフィスの光景」というものがどういうものであったかをしっかりと描写してほしかった。
 というのは、ある会社では見慣れた光景だが、別の会社では「日常的にあまりありえない、改めて注目するような事柄」であるという場合が多々あるからです。
 例えば、女子新入社員が課長を全裸にしてデスクの上で縛り上げ、むき出しの裸体をムチで何度も何度も執拗にひっぱたきながら奇声を発しているといった光景。
 あるいは、社長室の片隅で専務取締役が顧客にプロレス技である四の字固めをかけ、顧客が苦しみながら「ギブアップ」「ギブアップ」と連呼しているにもかかわらず足の力を緩めないといった光景。
 こういった光景は、会社によって「見慣れた」ものであるかもしれませんし「ありえない」かもしれません。
 ですから、主人公が勤めている会社がどういう所かを読者に分かってもらうためにも筆者は「普通の見慣れたオフィスの光景」を説明すべきだったと私は思います。

「このような状況に陥った場合の対処方法は上記の例に示すごとく甚だ容易な方法となっており、簡単な装填による通常処理の代謝行為は現在もっとも連絡を明白化する浮動数値の保護作用となるが、注意すべきは旧態とする故繍の操作性から袵るため鶇聯豢の影響により、完全に鍬堆となる掛してい厩になれとば運用へと床に携帯のしへ纏添と晒れるに、冏茘でな便利でる彎侃へれるのし故障はれらんと煩睚でにう僉奚愍眠程るこんせらけ丞錠にもで、馨げんとし匠鬣たでそん飃叨けにさら鑄嚮だ箴黨れ蹇いねらぐ儻みひれ・・・・・」(132〜138行目)

 誤字があります。
 文学賞応募作品では致命的です。
 なぜ、応募する前に他の人に読んでもらい間違いを指摘してもらわなかったのでしょうか。

「ねえ、ゲームしようか。私とあなた、二人でできるゲーム。(146行目)

 この文で、読者のスケベ心に火をつけておきながら、

これから三ヶ月間私達は絶対逢わないようにするの。(146行目)

 すぐ次のこの文で、「なんだ、そんなくだらない事か」と落胆させる。
 この文章の組み立ては、「読者をおちょくっているのか」と非難されても仕方のないところです。

あの女性はいったい誰だったのだろうか。(163行目と186行目)

 妖怪人間ベラじゃないですか。

そのセルロイド製の定規はもとは透明であったのだろうが、その表面は今や細かい傷が無数に入り、さらにその傷によってできた小さな溝の中には手垢や、消しゴムのかすや、ふけや、唾液や、鉛筆の芯の粉や、こぼれたコーヒーや、蝿をたたき殺したときの体液の乾燥したものや、血や、弁当のふりかけや、鼻糞や、お菓子の粉や、カゼ薬や、大便やらがすり込まれ、その結果黄褐色に変色してしまっている。(166〜171行目)

 定規の色が「黄褐色」になっていることを考えると、定規にすり込まれた物質の中では大便の量が一番多いということがはっきりと分かります。
 主人公は、定規で何をやっていたのでしょうか。

私はその定規に愛着を感じ思わず手に取った。(173行目)

 私だったら大便で変色した不潔な定規に「愛着を感じる」ことはないし、まして、「思わず手に取る」ようなことは絶対にしません。
 主人公はその道のマニアか。

私は胃の中に中性子のスープを流し込まれたかのような重い気分になっていた。(180行目)

 「中性子」というものが何だかよく分からないので、辞書を引いてみました。そこには以下のとおり書かれていました。

「核子の一種で、ニュートロンともいい、ふつうnまたはNで表す。電荷0、質量939.55MeV、スピン1/2のフェルミ粒子である(岩波理化学辞典第3版)」

 辞書を読んでもぴんときません。
 まあ、意味はともかく、「流し込まれた」と書いてあるからには、自分の意志で飲んだわけでなく、誰かに強制的に無理やり飲まされたことが分かります。
 いったい誰が、こんな得体の知れないものを飲ませるのでしょうか。
 まあ誰にしろ、非常に恐ろしいですね。

 私の意見を言わせてもらえば、「中性子のスープ」という表現は、重いんだか、軽いんだか、苦いんだか、甘いんだかさっぱり分からず、単に読者を惑わすだけなんじゃないでしょうか。ですから、ここでは、もうちょっと身近で分かりやすい語句、例えば「中性洗剤」とか「中性子爆弾」などを使うべきだったと思います。
 「中性洗剤」にすると「胃の中に中性洗剤を流し込まれた」となります。
 絶対に気分は重いはずです。中性洗剤を飲んで気分爽快だ、などと言う人は人間ではないでしょう。
 「中性子爆弾」を使うと「胃の中に中性子爆弾を流し込まれた」となります。
 気分が重いどころの騒ぎではないですね。世の中どうなってもいい、とやけっぱちになるでしょう。

ためしに今度はその直線に反対側から定規を当てがって、先程描いた直線に重ねてもう一本直線を引いてみた。直線を描き終え定規をどけて見てみると、そこにあったのは一本の直線ではなかった。両端だけが重なった二本の線は、細長い切れ長の目のような形になっていた。(190〜193行目)

 卑猥な絵を描くんじゃない!

そもそも私はここで仕事をし続ける必要などこれっぽっちもなかったのだ。(203行目)

 会社内で、これだけの暴言を吐ける人はめったにいません。

前を見ると亡霊が恨めしそうにこちらを見つめている。(206行目)

 部長じゃないの?

部屋の隅のほうでペンギンが輪になってかごめかごめをしている。(206行目)

 他人に迷惑をかけているわけじゃあるまいし、やらせておけばいい。

窓からはゴジラが憎々しげにこちらを睨んでいる。(206行目)

 睨み返してやれ!

十匹の猫がピラミッド状に重なり笛の音と同時に首を左から右に振っている。(208行目)

 人間がこれをやると10人のうち必ず1人か2人は首を逆に振り、みんなから馬鹿にされる。
 本当にお利口さんの猫ちゃん達だ。

縁のある大きな帽子を被った探検隊が双眼鏡を覗いてこちらを観察している。(209行目)

 すっ裸になって両手でピースサインをしてやれ!

窓の外を無数の未確認飛行物体が飛んで行く。(210行目)

 それは「ヒドリガモ」という渡り鳥の群れだろ!
 鳥の名前を知らないからといって「未確認飛行物体」で片付けるな!

私の知りうる限りの有名人が歩き回っている。(210行目)

 何ぐずぐずしているんだ! すぐにサインをもらいに行け!

フロアにあるすべての机がダンスを踊っている。(211行目)

 仕事ができないのなら椅子に座って「机のダンス」を眺めてろ!

多くの人が逆立ちして歩いている。(211行目)

 そんな会社、みんなで職場放棄だ!

作者の
コメント
「机上の人」は優秀な作品ということで特別賞が与えられた。私の書いたこの感想文は選考委員達の評価にまったく影響を与えなかったと思われる。
ちなみに私の応募作は箸にも棒にもかからなかった。
(作者:フヒハ)

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