前置き | 1993年ころ、大手パソコン通信ネットの掲示板に書き込んだ話を今の時代に合わせて多少書き換えた作品。 |
レンタルビデオ店 もう20年以上前の話になりますが、レンタルビデオ店でのバイトというのは男にはかなりの人気がありました。仕事は今と変わらず、レジに座って客の持ってきたビデオを袋に入れて金を受け取ったり、客が返しにきたビデオを棚に戻す、といった単純作業です。それゆえに時給は安いバイトなのですが役得がありました。アダルトビデオが無料で見れたのです。要するにスケベな奴がHビデオを見たいがために働いてたのです。 ちょうどビデオデッキが普及し始めた当時、レンタル料は1本1日借りるだけで千円もしました。ただ、映画でもドラマでも新品のビデオは1本が数万円もしてましたので、一日千円であっても借りる人は多かったのです。 あの頃のビデオデッキ本体の値段は20万円くらいでした。今でいうと、大型液晶テレビくらいの貴重品でしょうか。贅沢品であったビデオデッキを2台も持っている家なんかほとんどなかったため、ビデオのダビングサービスというのをやってるレンタルビデオ店も数多くありました。 AV女優のほうも、昨今とは大違いでした。ルックス、スタイルとも満足のいくものは少なく、今考えれば何であのレベルで千円も払ったのか、信じられないくらいの質だったのです。 しかしながら、そういった粗悪品しかなかった時代でしたし、なによりも映画館に行かずに自室でいかがわしいものをこっそりと観賞できたため、みんなそれなりに満足していたのです。 アダルトビデオを借りる方法も、今とは大違いでした。 当時は、大学生や若いサラリーマン、たとえ厚顔無恥なオヤジであっても後ろめたさがあり、こそこそしながらHビデオを借りていたものです。 自宅の近くのレンタルビデオ店では知合いに借りるところを見られてしまう可能性があります。見つかったのが男友達だったら、次回会ったときに「見たぞ、アダルトビデオを借りてるところを。お前もスケベだな」などと言われるくらいですみますが、見ていたのが隣近所に住むの女子高生や自分の妹などであった場合は、その後何も言われやしないでしょうが、非常にばつが悪いものです。 そのため、電車に乗って隣町のアダルトビデオ店に行き、そこでHビデオを借りる者も少なくありませんでした。 電車賃を払ってまでしてHビデオなんか見たくないぜ、という強情な人の場合は、近所の人や知人に見られても大丈夫なように、皆さん、頭に覆面をかぶってからレンタルビデオ店に入ったものです。 そんなわけで、店の奥まったところにあるアダルトビデオコーナーはいつも覆面をかぶった男達でひしめいていました。 そこはまるでメキシコプロレスのリングのようでした(注:メキシコプロレスには覆面レスラーがやたらと多い)。 一番人気のあった覆面は、「千の顔を持つ男」と呼ばれ、メキシコが生んだ伝説的スーパースター、ミル・マスカラスのものです。 ミル・マスカラスの覆面をかぶると誰もが自分が人気プロレスラーになった気分になってしまうのでしょう。客の中には、自分が借りようと狙っていたHビデオを持ち去ろうとした他の客に対して、正面からミル・マスカラスの得意技であるフライング・ボディーアタックを浴びせかける奴まで出る始末でした。 やられたほうも黙ってはいないので、一本のアダルトビデオをめぐり流血の乱闘にまで発展することもしばしばでした。 そんな懐かしくも異常な時代がありましたが、長い月日がたち、レンタルビデオショップの状況は年々変わりました。 今では、驚くことに、アダルトビデオコーナーで覆面をしている人はひとりもいません。みんな堂々と顔をさらしてビデオの品定めをしています。Hビデオを借りることを恥ずかしがる者なんていなくなってしまったのです。 今日のアダルトビデオコーナーには、オヤジ、サラリーマン、大学生だけでなく、学校の制服を着た高校生までいます。ときには、「3年B組○木○雄」と自分の名前の入った体操着を身に着けた高校生が、本人が通っている学校のすぐ近くのレンタルビデオ店で巨乳もののHビデオを捜していたりします。 近頃の高校生はずうずうしくなったものです。 ひどい奴になると、ビデオの裏の解説をじっくりと読んで借りるべきかを検討している中年サラリーマンに向かって「それを俺によこせ!」と脅し、横取りする高校生までいます。 そういう高校生は、サラリーマンから脅し取ったビデオを他の客に見せびらかすかのごとく持ち歩き、時折、そのビデオのタイトルや解説文を店内の人全員に聞こえるくらいの大声で読み上げたりしてレジに向かいます。 レジの前に順番待ちの長い行列ができていてもおかまいなし。列の先頭に強引に割り込み、レジの店員に「レンタル料を払うに値するかどうかを確認してから借りたい。テレビで試し見させろ」と要求します。 誰がどう考えても無茶苦茶な要求ですが、キレてしまうと厄介なので、店員はしぶしぶ高校生の求めに応じ、レジ後ろの部屋でビデオの視聴をさせます。 高校生は、さんざんティッシュペーパーを消費したくせに、レジに帰ってくると「乳首が大きすぎる」などと難癖をつけ、結局、アダルトビデオを借りずにレンタルビデオ店から出て行ってしまいます。 時代は変わったものです。そして、困った世の中になってしまったものです |
作者の コメント |
私は、レンタルビデオ店に行くと、必ずアダルトビデオコーナーに行き、客がどのような表情をしながら品定めをしているか観察しています。これがけっこう面白い。 誰もがみんな真面目な顔をしてビデオの解説を真剣に読んでいます。にやけながらアダルトビデオを選んでいる不真面目な人間なんかひとりもいません。 そんな中で、先日、ビデオに鼻を近づけ、くんくんとにおいを嗅いでいる人がいました。何だかよくわかりませんが、何となくわかるような気もしました。 この作品に対するコメントを書いてくれた人は、もちろんひとりもいませんでした。 (作者:フヒハ) |