前置き | 1992年頃、大手パソコン通信の掲示板に書きこんだメッセージを、某短編小説文学新人賞に応募するために書き直した作品。 |
公衆便所の落書き 先日、公衆便所でちょっと気になる落書きを見つけましたので、みなさんにお教えいたします。 その落書き自体はそれほど面白いものではなかったのですが、私がケンブリッジ大学に留学しているときに、友人から似たような落書きの話を聞いたことがあったので非常に興味深いものでした。 ある日、 英国人の友達が道を歩いているときに用を足したくなり、近くにあった公衆便所に入りました。便器(もちろん洋式便器です)に座ったとき、目の前の壁に非常に小さな文字で何か書かれていることに気付きました。 その人は両眼とも視力が1.5あるのですが、文字があまりに小さかったために読むことができません。そこで彼は仕方なく顔を前の壁に近づけてやっと次の文章が読めたそうです。 You are now leaning forward with your upper body at an angle of 45 degrees
to the horizon. なんとウイットに富んだ落書き! 私はこの話を友人から聞いたとき、さすがはイギリスだと痛く感激したものです。 こんな話はすっかり忘れた頃、私はケンブリッジ大学を卒業し、日本に帰国しました。 そして、先日、渋谷の街を歩いているときに急にお腹が痛くなり、しばらく探してやっと見つけた公衆便所に駆け込みました。 便器(ここも洋式便器でした)に座って用を足し、腹の痛みが和らぎほっと一息ついたとき、目の前の壁に何か書かれていることに気付きました。 壁の文字はマジックで書かれ、さほど小さくはなかったのですが、私は近眼にもかかわらず普段は眼鏡をかけていないために読めません。そこで仕方なく、顔を壁に近づけ、次の文章を読むことができました。 あなたは今、ウンコをしている! これまた当たっています。しかし、イギリスの素晴らしい落書きを知っていたので、どうしても手放しで喜ぶ気にはなれませんでした。国民性の違いと申しましょうか。 あるいは東洋と西洋の文化の違いと申しましょうか。 私はこの落書きを読んだ後、やっぱり英国に移住しようかなと、便器に腰掛けながら真剣に考えました。 しかし、日本に生まれた私は、海外で暮らしたとしてもずっと日本人であり続けるのであって、この現状を嘆いてばかりいても始まりません。 そこで気を取り直し、日本と西洋の両方の文化に精通した自分が取るべき道としては、両者の橋渡し的な存在になることだ、と尚も用を足しながら私は固く決意いたしました。 そして、そのとき以来、私は公衆便所に入ると必ず、小さな文字で以下の落書きを書くことにしています。 あなたは今、上半身を前に45度倒しながら、ウンコをしている! |
作者の コメント |
掲示板やメールでは絶賛されましたが、文学賞では選考委員であるプロ作家に真意を理解されずに落選。 自分でも気に入った作品だったので、プリントアウトしてみんなに配ったり、宛先を明記して公衆便所や電話ボックス等に置いておいたところ、数人の方から非常に好意的な感想文を郵送で送っていただきました。 (作者:フヒハ) |