前置き 1992年頃、大手パソコン通信の掲示板に書きこんだメッセージを、多少書き直した作品。


 ゴキブリの卵


  みなさんは、ゴキブリをご存知ですね。寒い所にはいないということですので、北海道などに住んでらっしゃる方は見たことがないかもしれませんが、ほとんどの日本人はあの生き物に何度もお目にかかっているはずです。
  ゴキブリというのはたびたび不衛生な場所に出没するがために汚い存在として人間から毛嫌いされていますが、先入観を持たずに手にとってじっくりと観察してみるとなかなか可愛いものです。森の中にでも住み着いていれば、子供たちからカブト虫やクワガタくらいの人気を得ていたはずです。人に捕らえられたときに示す頑固な抵抗はカブト虫やクワガタの比ではなく、それゆえにもっと好かれていたかもしれません。
  それはそうと、ゴキブリの卵というものを見たことがありますか。小豆(あずき)にちょっぴり似ていて、こげ茶色をした長径が7ミリほどの大きさのものです。あまりお目にかかれることはありません。ゴキブリは人目のつかないところに卵を生むのでしょう。
  たまたまゴキブリの卵を見つけたら、それをつまんでちょっと口の中に入れてみてください。まったくといっていいほど味がしません。
  噛むと異様な味がして吐き出したくなりますので、なめるだけにしてください。ただし、長時間なめ続けることは禁物です。トローチのように溶けてなくなってしまいます。
  噛まずに飲み込むと、卵は胃の中で温められて孵化します。ただし、卵が孵ったからといって、あなたが気付くことは滅多にありません。胃の中のゴキブリは生まれたばかりのため、まだ卵と同じ大きさで小さく、たとえ動き回ったとしても体で感じることはありません。
  やがて時間が経つとゴキブリは腸へと送られることになります。成長がやたらと速いゴキブリは、小腸を通って大腸に達したときにはもう、普段台所でお目にかかれる大きさにまでなっていることでしょう。
さすがにこのくらい大きなゴキブリが手足をバタバタさせると、あなたは体の中に何かがいることに気がつきます。腹部がかゆくて仕方なくなることもあります。
  あなたのお通じがよい人の場合は、しばらくして用を足したときに便と一緒に出てきます。台所などで見つけてもドキッとするのに、便器の中という意外な場所でゴキブリと御対面するとなるとかなり仰天することでしょう。数ヶ月の間台所の冷蔵庫の裏に置いておいたゴキブリホイホイの中を覗き込む瞬間が人生で最も心ときめく時だと豪語している人でも心の準備ができていないためにかなり驚くはずです。純情な女の子だったらトイレの個室内で気を失って倒れてしまうかもしれません。常日頃から用が済んだら目をつぶったまますぐにレバーをひねって水を流す習慣を付けることをお勧めします。
  あなたが便秘の場合は、体内でのゴキブリはさらに成長します。第一次成長期を経て、第二次成長期も過ぎ、1週間もすれば長さ8センチ、横幅が4センチほどの一人前の大きさになっているでしょう。こうなってしまったらあなたの肛門からもはや出ることは不可能になります。久しぶりにお通じがあったとき、ゴキブリが尻の穴から顔だけをのぞかせ、出るに出れないという事態に陥ることになります。手鏡を持ち出して、ゴキブリの困惑した表情を見て楽しむというのも乙なものです。
  ただ、あなたが切れ痔を患っていた場合は、ゴキブリの足が「切れ目」にはさまり、かなり痛いんじゃないかな。

作者の
コメント
掲示板では何のコメントもなく、メールもまったくいただきませんでした。
(作者:フヒハ)

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